田中孝顕オフィシャルサイト サクセスオンライン
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はじめに
日本語タミル語起源説というのがある。日本語学者の泰斗、大野 晋氏が1978年に提唱したもので、音韻対応、語彙対応、文法対応と三拍子揃ったこれまでにない精緻な起源説である。 同氏は『ドラヴィダ語語源辞典』(タミル語もドラヴィダ語族に属する。同書の日本語版は私が監修し、きこ書房で出版されている)を見入っているうちに、直感によってタミル語が日本語の元であることに間違いない、と確信したという。 比較言語を学ぶ者であれば、誰でもウイリアム・ジョーンズの1786年2月2日のカルカッタ講演を知っているはずだ。以下、風間喜代三『言語学の誕生比較言語学小史』(岩波新書・1978年刊)から概略引用する。 「彼(引用者注ジョーンズ)はサンスクリット語はギリシャ語よりも完全であり、またラテン語よりも豊富である、と述べ、サンスクリット語とこれら二つの言語とは、動詞の語根においても文法の形式においても、偶然とは思えないほど顕著な類似を持っている。故にこれら三言語はある共通の源から発したものと信ぜずにはいられないだろう。ゴート語とケルト語も古代ペルシャ語も同じ語族に加えられるだろう」 風間氏は「彼は一つの実例もあげていない。けれども一年間のサンスクリットの学習によって、直感的にこれらの言語の関係をとらえていたに違いない」とも言う。こうしてインドヨーロッパ語族の比較言語学の研究は「ある個人の意図せざる発言から急速に進展した」が、それには「その言葉を受け止める側にそれなりのバックがあったと考えざるを得ない」(同p.18)とする。 私は何であれその分野の専門家の直感(たとえばベテラン刑事の直感など)というものを信じる。なぜなら直感とは無意識上の熟考の結論だからである。熟考というと、誰しも意識的・能動的注意集中による論理抽出過程のみしかない、と考えがちである。 しかし、脳は人が何らかの問題解決を常時考えているとき、あるいは何らかの問題意識を常時持っているとき、能動的思考をやめても無意識の分野でなお、解決を求めて思考は続けているのである。それゆえにひとつのことを専ら考えている人の直感は、意識上の熟慮の結果と等価と看做しうる。なにせ大野氏は日本語学の大家であり、その知識は計り知れないものがある。 なお、本書は大野氏が行なった音韻対応、語彙対応、文法対応を再度検証するというだいそれた意図はない。私が大野『日本語の形成』(岩波書店・2000年刊)にある語彙対応以上に、幾ら新しい語彙対応を書き連ねたところで、あまり意味はないからである。私はそれよりも日本の古典に登場する未詳語や意味不明の伝承をタミル語で解けば、大野説が正しければ、正しい解が出るはず、つまり謎が解けるはず、という作業仮説のもとに、もっぱら謎解きに専念した。 本書はその第一号として誕生したものである。すべての対応が正しいとまでは言わないが、いくつか間違いがあるというだけで、産湯と一緒に赤子まで流してしまうことだけは避けるべきであろう。 2006年7月1日 田中孝顕 |


